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いや違うでしょ。大統領が何か間違ったことをやれば国民全員が迷惑するけど、女性が中絶をやったところでその行為の被害を受けるのは当人だけ。他人が口を出すようなことじゃないだろ。
女性が彼女の子供を殺すのを部外者が非難すべきでないと主張するのは、大統領でないものが大統領のやることを非難すべきでないと言うに等しい。
これはたぶん本当だろう。それは認めるが肉体的な後遺症はともかく、心理的な後遺症はあなた方中絶反対派が引き起こしてる部分が大きいんじゃないか。「中絶は殺人」とか何度も聞かされたら、経験者は精神的におかしくなるぞ。
中絶を経験した女性のうち数百万人が心理的・肉体的な後遺症に苦しんでおり、支援グループも存在する。
自殺で保険金を受け取ろうしてはいけないのは、そういうことをやると保険会社が迷惑するからだ。つまり保険金自殺という行為が正しくないとされる理由は、それが他者から金を不正に得ようとする目的で行われる行為だからで、身体の自由の濫用だからではない。中絶は他者から不正な利益を得ることを目的とした行為ではないので、保険金自殺は類例として成り立たない。まっ、管理人的には自殺では保険金が下りないというのもどうかと思うけど、それはまた別の話でここでは関係ないね。
中絶賛成の論拠として身体の自由が主張されることがあるがそれはおかしい。身体の自由にも制限はある。例えば自殺は自分の身体を使った行為だが、それによって保険金を受け取ってはならないとされている。自らを殺して保険金を受け取ることはできないのに、他人を殺すのは自由とすべきだというのは議論として破綻している。
ちょっと待て。19世紀に奴隷制度が廃止されたのは、それが人間の自由を抑圧する制度だからだ。つまり「奴隷主が奴隷を支配下に置いている」という状態自体が不正とされたから、奴隷制は廃止になったわけだ。それに対して、胎児が母体に依存しているのは何らかの不正な行為が行われた結果じゃないし、ましてや母胎が胎児を搾取することから利益を得ているわけでもない。この二つを一緒にするのは馬鹿げている。
現在の中絶は19世紀の奴隷制に相当する。胎児は女性の身体に完全に依存した存在で、それゆえ女性は胎児に対し、自分の望み次第でその生命を奪えるほどの絶対的な力を行使できる。そして自分にはそうする権利があると主張するのだ。しかし、そうする力があるからそうして良いというのはおかしくないだろうか。それでは私があなたを支配下においているなら、私はあなたを自分の気分次第で処分する権利を持つことになる。このような主張が受け入れられてしまえば、人権も何もあったものではない。