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都市伝説 地下街

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都市伝説 地下街

管理人です。最初にお断りしておくと、この話は単なる体験談です。オチをつけるとか伏線を回収するとかそんなサービス精神は全く見られません。それで構わないという方のみ読んでください。にしてもアメリカ人はこんな話を面白いと感じるのでしょうか? 文化の違いと言えばそれまでですけど。

原文:http://americanfolklore.net/folklore/2011/07/underground_1.html

 私たちはオレゴン州ペンドルトンで開かれるロデオ大会を見物に行くことにした。この時期は観光客が多いが、何とかホテルを予約できたのだ。夫はロデオの大ファンなので、有名なペンドルトン大会を見るのを子供のように楽しみにしていた。私自身もロデオを見たかったし町のいかにも西部という雰囲気も味わってみたかった。だが、私の一番の目的は有名なペンドルトンの地下街を見ることだった。

 旅行前に読んだ文献によると、ペンドルトンは1860年代にグッドウィンという男が開いた村が始まりだ。最初は単なる農村だったが、近くの山で金鉱が見つかると状況は一変した。鉱石を運ぶ列車が止まるようになり、鉱山労働者や、カウボーイ、牧場主などが酒を飲んだりギャンブルをしに来る歓楽街となったのだ。最盛期には32のサロンと18の娼家があったと言われている。さらに中国人労働者が押し寄せ、鉱山で働いたり町で商売を始めたりした。彼らは他の住民には必ずしも歓迎されず、住居を手に入れることができなかったので、自分たちで住居を作ることにした。彼らは地下にトンネルを掘り、そこで寝泊まりしたり商売をするようになったのだ。1870年代から1930年代にかけて中国人がペンドルトンの地下に掘ったトンネルは、深さ70マイルに達すると推定されている。

 時が経つにつれて、ペンドルトンの地下トンネルでは密造酒製造所、アヘン窟、アイスクリーム屋、肉屋、もぐり酒場、サロン、賭場、さらにはボーリング場までが営まれるようになった。関連する言い伝えによると、列車強盗のグループがトンネルに盗んだ金を隠していたが、それを巡る銃撃戦の結果全員が通路で射殺された。彼らの霊はいまだにその場所を彷徨っていて、「あれは俺の金だ」という声がときどき聞こえるという。

 私はこの話を夫にしたとき、すこし興奮して震えていたが、懐疑主義者の彼は笑っただけだった。だが彼は、ペンドルトンの地下街の見物には賛成してくれた。地下街は禁酒法後には放置されていたが、1989年に地元の旅行会社がトンネルの一部を修復し、往時を忍ばせるような内装を整えてマネキンを置いていたのだ。夫の返事を聞くなり、私は電話でツアーの予約を入れた。ホテルの部屋で子供のようにはしゃいでいる私を見て、夫はすこし呆れたような顔をしていた。

 昼食を手早く済ませると、私たちはツアー本部に行って他のメンバーと合流した。若い人、老人、夫婦、1人客と客層は様々だったが、皆が自分たちの足下にあるトンネルに興味を抱いていた。私は夫に、私たちが立っている場所の真下にも、トンネルがあるかもしれないと耳打ちした。ガイドはそれを聞いて、確かに地下街の一部はツアー本部の真下にあると保証した。

 短いフィルムを見た後、私たちは本部を出た。歩道を通って曲がり角に入ったところで、ガイドがちょうどここでカウボーイが、上にある娼家から女を呼び出していたという話をした。それから私たちは階段を降りて地下に入り、かつてサロンだった部屋を見学した。そこではトランプをするカウボーイのマネキンが置かれ、ガイドがゴールドラッシュの時代のサロンの役割を説明してくれた。夫はその話にとても感心したようだった。私の方は説明を適当に聞き流しながら室内を歩き回り、金の延べ棒と拳銃をポケットに突っ込み、地下で酒を飲みながらトランプをするというのは、どんな感じだったのだろうと想像していた。

 それから私たちは中国人が洗濯屋をしていた部屋を訪れたのだが、そこで私は突然気分が悪くなった。目の焦点が合わなくなり、腹の調子が悪くなり、背骨が硬直し、肩から腕にかけて鳥肌が立ったのだ。そして水が流れる音と、男が中国語でしゃべる声が耳元で聞こえた。だが辺りを見回しても誰もいなかった。

 気分の悪さはしばらくすると、始まったときと同様唐突に消え、視界もはっきりしてきた。辺りを見回すと他のツアー客はすでに、隣のアイスクリーム屋だった部屋に移動していた。私が急いで合流すると、夫は少し眉をひそめてちゃんとツアーに付いてくるように言った。ツアーガイドはこの場所がアイスクリームの貯蔵に使われていたと解説し、私たちを小さな寝台とベンチが並ぶ隣の部屋に誘導した。その部屋には地下街の通路に面した窓があり、通路は上の開口部から外の光が差し込むようになっていた。ガイドは有名なペンドルトンの羊毛産業について説明していたが、私はそれどころではなかった。中国語の会話らしい音の断片が、私の頭を埋め尽くしていたのだ。胃がむかついてきて、奇妙な色の光が部屋中に差し込んできた。そして一瞬、中国人の男が算盤で計算をしているのが見えた。男の身体はほとんど透明で、唯一はっきり見える手はその木製品の玉を素早く動かしていた。

 「おおい、ちゃんと付いて来い。遅れるぞ」と夫は苛立ったように言って、私の手を引いた。瞬時に視界は正常に戻った。夫について通路に戻るとき、私は少しよろめいた。トンネルは玄武岩を掘って作られており、床はモルタルが敷かれてちゃんと平らになっていた。さっきの部屋を窓から覗いてみたが、算盤を持った男の姿はどこにもなかった。私は視線を前に向け直すと、次の部屋に向かった。

 次に入ったのは肉屋だった場所だった。私は瞬きしながら注意深く部屋を見回したが、視界に変化はなかった。そのことに安堵しつつ、私は安売りの肉を宣伝する当時の広告に見入った。昔のレジスターや肉の冷蔵室も再現されていた。気分が持ち直していた私は、さっきの奇妙な出来事を押しのけるべく、ツアー後の予定について考え始めた。

 次に入った部屋は禁酒法時代に潜り酒場として使われた場所だったが、そこに入ると警報ベルのけたたましい音が聞こえた。部屋には当時の酒場のギャンブルを再現したマネキンが置かれていて、ベルはその上で鳴っているようだった。他の人はベルの音に気づいている様子はなかったが、私にはベルに加え、人が出口に向かって走り出す音まで聞こえてきた。

 私は恐れの余り、腹を拳で殴られたような気分になった。夫は私の窮状に気づき、大丈夫かとささやいてきた。私は無言で頷くと、他の客に付いて別のトンネルにあるボーリング場だった部屋に入った。ありがたいことにこの部屋は明るかった。その後私たちは地上に戻ったが、私はさっきの出来事を思い出して恐怖に震えていた。何が起きたのだろう? 私の頭がおかしくなったのだろうか?

 夫は今度は本当に心配そうになり、「体調が悪そうだね。ホテルに戻ったら? ツアーの続きは他の日にすればいいし。」と声をかけてきた。

 私は大丈夫だとぶっきらぼうに答えた。どうせ現実主義者の夫に説明しても通じないだろう。疲労か病気のせいだと言われるに決まっている。そして、実際そうかもしれない。

 ツアーは街路を進んでいき、古くから娼家だった場所で止まった。夫はあくまでツアーを続行しようとする私を見て肩をすくめながらついてきた。彼は私の手を握り、しょっちゅうこっちを見てきた。私の体調が心配だったのだろう。

 私たちは「天国への階段」を上って、その娼家に入った。夫は不安そうに私の方を見ていたが、ここでは何も起きなかった。それから私たちは街路に戻り、ツアーの最後の目的地に進むことにした。目的地はちょうどこの真下にある中国人用の留置場だった。中国人たちは地下街での犯罪の取り締まりを、自分たちで行っていたのだ。私は地下に戻ると聞いてすこし不安になったが、深呼吸すると夫について階段を下っていった。到着した部屋はかび臭く、寝台と机とストーブが無秩序に置かれていた。上の棚には仏像と中国風の帽子があった。

 部屋には銅鑼が置かれていたが、それを見た瞬間体調が悪くなり、ガイドの声が聞こえなくなった。私がおびえながら銅鑼を見ていると、数人の中国人の会話が聞こえてきた。そして誰かがうれしそうに笑っている声が聞こえたかと思うと、ストーブを使って料理をしている男の姿が見えた。彼は結構楽しそうで、まるでレクリエーションをしているようだった。その後ろでは数人が麻雀をしていて、部屋にいたもう1人は香を焚いていた。その光景はあまりに鮮明だったので、一瞬私は声をかければゲームに参加できるのではないかと思った。付いてくるようにという夫の声で私は我に返り、隣のアヘン窟だった部屋に移動した。アヘンを吸う男たちの姿も見えるのではないかと思ったが、ただベッドとアヘンをくべる炉が見えただけだった。そしてツアーは終わり、私たちはガイドに礼を言って土産物を買うと、外に向かった。

 地上に続く通路を歩いているとき、トンネルへの採光用の窓を覗き込むと、算盤をはじく手が見えたような気がした。私に霊能力など全くないが、このときだけはペンドルトンの地下街の住人の姿を見たのではないかと思う。私は夫をちらりと見て、彼にそのことを伝えるべきかを迷った。実際に経験した私自身ですら半信半疑なのに、懐疑主義者の夫が信じるとは思えなかった。

 「えっと、ロデオ大会のスケジュールはどうなってたっけ」、結局私はこんな言葉を夫にかけた。夫がうれしそうに答えるのを聞きながら、私は地下道を後にした。
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