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ダーウィン賞 渇き

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ダーウィン賞 渇き

原文:http://www.darwinawards.com/darwin/darwin1994-05.html

(1991年 7月26日)
 パトリックはバッドウオーター塩水湖、世界でもっとも暑い場所を20マイル踏破するという記録に挑んだ。彼は19.5マイル歩いたところで倒れ、二度と起き上がらなかった。彼の遺体のそばにはビデオカメラと空の水筒が残されていた。

 レスキューチームは彼が砂漠に出てから2週間近く経ってようやく、彼のひからびた遺体を見つけた。その日は彼の42歳の誕生日に当たった。彼は飲料水が積まれた自分のトラックからわずか半マイルのところで死んでいた。パトリックの元々の体重は165ポンドだったが、遺体は強烈な熱によって脱水され90ポンドになっていた。なぜパトリックはこんなことになってしまったのだろう。

 バッドウオーターは常に過激な挑戦者を誘惑してきた。バッドウォーターからホイットニー山までの150マイルのコースは、アメリカでもっとも高低差があるコースなのだ。このコースに挑む挑戦者は時々いるが、彼らは車に乗った友人に水を補給してもらいながら、バッドウォーターを踏破する。だがパトリックだけは、たった3クォートの水を持って、一人で行こうとしたらしい。

 この地域のパトロール隊員のマーク・マシハによると、バッドウォーターの気温は近くのファーネス峡谷、1913年に華氏134度の最高気温を記録した場所、よりも常に5~10度高いという。夏の太陽は地面を華氏200度以上に加熱し、湿度は0に近い。なぜパトリックがこの過酷な環境に突入する際、十分な水を持って行かなかったのかは理解し難い。おそらくこの場所を歩くには20クオートの水が必要だ。

 殺人は検死により否定され、これが彼の三回目の挑戦であることを考えると、自殺ということもありそうにない。もっともありそうな線として、彼は随伴者なしでバッドウォーターを踏破するという新記録を作ろうとしたのかもしれない。彼の友人によると、彼はパトロール隊が彼の計画に気づかないようにしていたと言う。

それに、たくさん水を持って行くと重いしね。

 運命の冒険に出かける前、彼は友人に自分は必要な量の水を正確に計算したと、自慢していたらしい。彼は荷物の重量を減らすため、それ以上の水は一滴たりとも持っていかないと言っていたという。嘆かわしい計算ミスにより、彼はたった3クォートの水、客観的に見て足りるはずがない、を持って出発した。

 ミルトン・ジョーンズ博士の検死によると、パトリックは視界に自分のトラックが入ってきたところで座りこんだが、彼の心臓は、体の水分をあまりに多く失っていたので粘性化した血液を、脳に運ぶことができなかったと言う。彼はそのまま意識を失い、死んだ。

 パトリックは健康なスポーツマンであり、砂漠についての広範囲の知識もあった。彼の父親は述懐する。「息子は二つのことにしか金を使わなかった。電化製品と砂漠だ」

 遺体のそばで見つかったビデオカメラは、バッテリーが切れるまでの彼の冒険の半分ほどを記録していた。記録は彼の印象的な言葉で終わっていた。「唯一の問題は戻らなければならないことだ。これは現実の世界だ。一つ誤りを犯せば、死ぬ」
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