管理人が見つけたおもしろい海外サイトを翻訳するブログ。
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あなたと同じく元キリスト教徒の友人から、あなたのブログを薦められました。宗教の話の中で、あなたのサイトに対しての言及があったのです。
何故あなたは無神論とキリスト教について、これほどたくさんの文章を書いていらっしゃるのでしょうか? あなたはあるグループを離れ、他のグループに移動されました。しかし、ブログに無神論とキリスト教についての文章を掲載することを、いつか終える予定はあるのでしょうか? 言い方を変えると、あなたはキリスト教を離れてからどれだけ経てば、宗教以外のことについて語ろうと思っているのでしょうか?
私は無神論者の家庭で育った人間であり、いかなる布教も受けておりません。これは非常に珍しいことであり、両親が宗教的でなかったことは幸運だったと思っています。
私が知りたいのは、あなたは宗教論争をずっと続けようと思っているのか、あるいは何かを得られればやめるつもりなのか、その場合あなたが得ようとしているものは何なのか、ということです。それが分かれば、あなたが文章を書く意図が私にとって明快になるのですが。(終わり)
お返事ありがとうございます。
同じような経験をした人に多数会われたということですが、あなたのような体験は彼らの中で一般的なものですか?
福音派の家庭で育てられたことは、あなたの人生にどれくらいの影響を与えましたか?自分はある原理主義を別の原理主義に置き換えただけでないかと、悩んだことはありますか? これは非難の意味は全くなく、ただ今の心境がどのようなものかを知りたくて質問しています。もっともな質問だ。Frans de waalの言葉にこんなのがある。
・「無神論はたいてい、改宗者がもともと属していた宗教の特徴を受け継ぐ」
大変参考になりました。なぜ友人が宗教のことで家族と断絶したのかまったく理解できなかったのですが、なんとなく分かるようになりました。あなたを脅威と見なしている人と良い関係を保つのは非常に難しい。彼らはあなたを力尽くで信仰にとどめようとすることもあり、関係はどうしても緊張する。そのような人のそばにいることは不断の不愉快な衝突を引き起こし、拷問のように感じられるときもある。だから私は家族と離れる人がいるのも理解できる。宗教の中にいる人間は、他人の内面まで侵入しろと教育されており、実際にそうするからだ。彼らと自分の間にスペースを設けることが、自らの尊厳を守るための唯一の方法であることがあるのだ。